ビビッド・ミッション、お任せを
         〜789女子高生シリーズ
 


       




稼働してはない廃工場とはいえ、
開発途上というあっけらかんと何もないも同然の、
更地だらけで見通しもいい区画の中にあっては。
どんなプラントを持ち込んでもすぐに動かせようほどに、
こしらえもしっかりしているし、
敷地内の駐車スペースなども一応の整備はされており。
どれと指されずとも あれはと目が行く存在ではあって。

 「丸見え。」

金網フェンスの囲いだけなので、周囲からも素通しで。
社屋以外は、出入りも含めて隠れようがなく、
あれじゃあ滅多な動きは出来ないんじゃあと言いたいらしい久蔵なのへ、

 「そうですよね。
  少なくとも明るいうちの出入りはしにくいことでしょね。」

但し、見る人がおればのことですがと続けた平八、

 「無防備に見せてますが、
  近寄る側もまた、隠れようがないって条件は同じ。
  まさかに実弾はありえないとはいえ、
  監視の目で狙い撃ちされるというネックがあるんですよね。」

ただ監視してるだけでいいなら楽勝な対象ですが、
それへ働きかけにゃあならない彼女らとしては、

 「難攻不落、ですかね。」
 「なに、落として見せましょ。」

この私に不可能はないとばかりの不敵さ、
ふふんと微笑って、ついでに双眼も開いたひなげしさんだったので。

 「〜〜〜っ。」
 「怖いぞ、ヘイさん。」

金髪娘の二人がひしと抱き合い、
選りにも選って、身内がますはと怯んでしまったのも ままお約束。

 「それでは、打ち合わせどおりにね。」

携帯でコトが足りよう今時には、普段装着する若いお人も珍しい、
女性用だろう小ぶりなダイバーズウォッチをはめた手首。
何かしらの儀式かセレモニーのように、
うんと頷き合っての お互いに示し合うと。
何かに追われるようにてきぱきと、
それぞれの手筈へ目がけ、動き出したお嬢様たちであったりする。




     ◇◇◇



そろそろ冬将軍も去るものか、寒暖の差が大きくなりつつあって。
前線が通過するたび、たいそうな風が吹きすぎるようにもなろう頃合い。

 〈 ……っ。〉

嵌め殺しの窓が枠ごと がたたっと音を立てたのへ、
壁は鋼板、床はセメントを打ちっ放しにしただけという
いかにも殺風景な工場内に詰めていた顔触れが、
ややもすると反射だろうが、ちらと視線を投げかける。
作りはしっかりしている建物だが、
何しろ居住空間という訳ではないため、
夜半や早朝は冷え込むし、
だからといって暖房機器を持ち込んでの
フル稼働させるという訳にも行かぬ。
元は備品だったか、簡素な長机とパイプ椅子を集めたところへ、
持ち込みの小さな電気ストーブを気休めにと点け。
アジア系ながらも微妙に外国人らしい、
彫の立った面差しをした5、6人の男性たちが、
重々しい外套に顎まで埋めて、黙したまま寒さに耐えているというところ。

 〈 連絡はまだ入らぬか。〉
 〈 まあ焦るな。〉

皇女の侍女の拉致に失敗し、
あの騒動から 万が一にも日本の警察が動き出しては、
このアジトも突き止められかねぬからと。
新たな足場を提供されたのを、
彼らの惣領が下見しに出掛けているところ。
この顔触れに幼い少女というのは目立ち過ぎる取り合わせなので、
在日予定とされていた日程中だけしのげればと、
このような間に合わせの代物をあてがわれたまま足場にして来たが。

  皇女を攫われたというに、
  隋臣の護衛官らに混乱もないのはどうしたことか。

間近に配して観察している間諜が、不審との報告をして来たものの。
いやいや、騒然としてしまっては反対派の皆様の思うツボだと、
思いがけない事態だが、日本にいる間に何とかすればいいと構えての、
言ってみりゃカモフラージュでしょうと。
此処での融通を任せている“葦毛のキツネ”がけろりと言ってのけ、

 『昨日の仕儀は惜しゅうございましたな。』

もう一歩のところで、あのようなお転婆が飛んで来ようとは。
ええもう、ヒーロー活劇ドラマじゃあるまいに、
あのような遭遇なぞ そうそうあるものじゃあございませんともと。
ひとしきり苦笑をこぼしてから、

 『皇女様の御身を殊更に案じておいでだった侍女殿で、
  ああいう職務についてるお女中は、
  決まって視野が狭いものですからね。
  同じような撒き餌でまたぞろ引かれてくれますとも。』

政情や何やなぞ知ったことかと、
ただただお世話する皇女のことしか考えてはいないものとし。
現にふらふらと誘いに乗っての出て来たでしょうと、
作戦自体は頓挫したというに、
自分がいかに手際のいい仕事をしたかをひけらかしていた、
何とも掴みどころのない男。

 〈 新しい足場は、せめて出入りのしやすいところがいいな。〉
 〈 ああ。
   人が雑然と多くいるところの方が、案外と目立たぬものだしな。〉

外国人は目立つというのは、どこまで本当だったやら。
昨日の現場へ飛び込んで来た勇ましい少女らは、
少しも物おじしないまま、こちらへ掴みかかって来たではないか。
皇女も結構なお転婆だとの噂だったが、
実際に間近にして見れば、
見知らぬ大人ばかりに取り囲まれたせいだろか、
声も出せぬほどに身を強ばらせていたような。
此処へと監禁されている今も、毅然と顔を上げてこそいるが、
利かん気で、たとえ年上の男衆へも叱咤の声を上げると
そうまで激しい気性ぞと言われていたのが信じられぬほどであり。
日本という国は先進国には違いなかろうが、
躍進に必要なエナジー、女性の慎ましさまで捨てて得るものだろうかと。
こんな場合ながらも、
日常というか国情というかの落差を
思い知らされてしまった顔触れもいるようで。

 〈 お…。〉

遠くから聞こえて来たのは、
どれほど古い録音素材か、音がひび割れている何かオルゴールの音色と、

 【 毎度お騒がせしております。
   こちら、お使いになられなくなった家電製品を
   お引き取りしております○○商会でございます。】

やはり録音された男性の声をばらまいて、
ちょいとすすけた軽トラックがやってくるのが見える。

 〈 廃品回収者だな。〉
 〈 こんなところにか?〉
 〈 テープを回しているのは次いでだろうさ。〉

潜伏活動も多く、少しはそういう事情を知っているものか、
中の一人が肩をすくめて、

 〈 廃品回収と言っても只じゃあなくて、手数料という金を取る。
   あと、そこいらに放置されている粗大ごみを勝手に持ち去る奴もいる。〉

逆に、修理のしようがないよなものは
金を取って預かっておきながら、そこらへ捨てる輩もいてなと。

 〈 不審な、そう置き引きと間違えられぬよに、
   テープを回しているんだろうさ。〉

何だ何だから、なぁんだと、
正体が判った途端に関心が一気に薄れるからなと。
言ったその端から彼らもまた、なぁんだと、
こちらの敷地のそばを通り過ぎてく軽トラから、次々に視線を離してゆく。
何かと便利の悪いアジトだが、
住宅地のある方角から真っ直ぐ続く、
見通しのいい道路を監視しておればいいだけのこと。
怪しんでのこと誰かが寄り来ても、
気づきやすくて攻めにくかろう場所なのはありがたく。

 〈 ……♪〉

なんて歌だったかな、これって日本の童謡じゃなかったかと、
関心はなくなったれど、聞こえ続けるもんだから。
オルゴールのメロディへ鼻歌で付き合う者が出たその拍子に、

  ………どがが・ばぁんっ、と

ずっと静かだったところへの大音響は、地響きまで伴ってたように思えたほどで。
工場内の冷えた空気をびりりと震わせたほどの物音は、

 〈 な、なんだ?〉
 〈 爆発か?〉

くどいようだが、他には住人もなく、滅多に人の出入りもないよな土地だ。
人が活動していないところで、
火事だの爆発だのが、そうそう起こるものとも思えぬが。
さっきの軽トラックが何か事故でも起こしたかと、
改めて窓へ寄った顔触れが何人かいたけれど、

 〈 おい、やめておけ。〉

そんなところを誰かに逆に見とがめられるぞと、
そこを恐れた者がいたようで。
もっともだなと納得したか、
がたたと椅子から立ち上がりかけた気配がされど収まったのを、

 「………。」

こちらからすりゃあ足元に聞き澄ましていたのが、
その細い肩の上へ筒状の装備を抱えての、
片膝ついた姿勢でじっとしていた、エアリーな金髪も麗しいお嬢さんが一人。
日頃のおしゃれさんな装いとは掛け離れた、
単色でシンプルな、スキー合宿か何か用のお仕着せウェアのようないで立ちだが、
こんな天井裏なんていう尋常ではない場所にいるくらいだ、
そのくらいの違和感くらい、相殺されてのむしろ釣り合っているほどで。

 「………。」

肩に担ぐようにして構えていた筒は、もう役目は終わったらしく。
そこへと通った格好のワイヤーですべらせるよにし、背後の向こうへ押しやると。
ワイヤーそのものをぐっと握り、
何度かぐんぐんと引いて動かないのを確かめてから。
肘を高めに持ち上げての手を延べて、
細い肩越し、自身の首条へと届かせ、
そこに装着された金具をワイヤーへと引っかける。
腰にも同じような金具があるようで、それもワイヤーに引っかけると、
宙づりとなったそのまま、とある方向へ つつつっと進み始める。

 『吊り型の天井板は薄いですから、
  いくら久蔵殿が身軽でも物音させずに進むのは無理です。』

そこでと渡されたのが、
前後へ銛つきのワイヤーが発射されるバズーカランチャーだったのだが。

 『…あのね、ヘイさん。』

こんな大物どこでどうしたの。

銃刀等法に引っ掛かるってんでしょう?
大丈夫です、手製だし、使ってすぐ分解しちゃえば。

そうじゃなくて。

久蔵殿には試し撃ちをしてもらいましょうね。
はい、これは耳栓。
構えてください…そうそう、片膝ついて。
カッコいいですよ。
そうそう、あんまり反動はないでしょう?
ほら、何にも問題ないvv

 『そうじゃなくて。
  こんなのぶっ放したら音でバレませんかと。』

呆れていた七郎次だったが、

 『何言ってますか。
  相手だってQ街で同じような作戦取ってたでしょうに。』

 『同じって…、あ。』

お揃いのダイバーズウォッチを腕へと装備し、
タイミングを合わせる練習もした上で、
廃品回収を装った軽トラで接近し、そこへと彼らの視線を集中させた。
遠隔スキャン型の赤外線探知にて、工場内の人の分布は解析出来たので、
工場社屋の設計図は簡単に入手出来たので、
そこに記された窓の配置や何やから
此処が死角になろうと睨んだ位置にいた人が離れた隙をつき。
雑草のジャングルを伝って
“ダルマさんが転んだ”よろしくじわじわ近づいていた久蔵と七郎次が、

 『…此処でそれを使いますか。』
 『……♪』

きゅいんという微かな唸りも久々の、
ヘアピン一本で溶接用のアークも真っ青な威力を発揮する、
彼女らにはお馴染み、
されど理屈までは判っちゃあいないらしき必殺技(おいおい)
超振動というのを繰り出せば。
管理も行き届いていてほころび一つないはずの
まだ真新しい金網フェンスも、チュイン・パチパチパチッと微かな音を立て、
そりゃああっさりと、その組織からほどけての砕けてしまうので。
お嬢さんたちの痩躯が通るだけの穴を空けると、
そこからこそこそと潜入成功。
それぞれの配置へ駆けてゆき、
久蔵は騒音軽減の工夫か壁の鋼板が二段式になってた隙間から、
内装と外壁の狭間へすべり込むと、
構造材を手掛かり足掛かりに天井裏まで上り詰め、
打ち合わせた時間を待って、とある方向へ構えたランチャーを発射。
どこかからの大音響にかぶせ、
前方と後方とへ発射されたワイヤーつきの銛が、
最も頑丈な構造壁へ食い込んだのを確かめると。
その身を吊り下げてのじりじりとした前進開始。

  一方、

工場内の男衆が何だ何だと、
大音響のした方を何が起きたかと首を伸ばして見回す中。
こちらはこちらで、やはり同じ音にかぶせて、
ライフル型の、やっぱり銛を打ち込む銃を、背から下ろした七郎次、
どぅんっと重々しくも 鋼の銛を基礎部目がめて打ち込んだところ。
これもまた平八が改造した手製の銃で、
しかも一度に二本、並行して打ち込めるもの。
指示された位置へと打ち込んで、さて。
銛の尻から連なっていた太めのワイヤーを、
ウエストポーチのようにして腰回りに装着して来たバッテリーを降ろすと、
その電極へとそれぞれをつなぐ。

 “…で、それからと。”

少し離れると、こちらさんもスキーウェアのようなシンプルないで立ちの
ズボンの方のポケットから、スマホを取り出し、
とあるアプリをタップして。

 「………。」

画面を見つつ、待機の姿勢に入った模様。
それからそれから……。




     ◇◇◇



ワイヤーから降りるには、
再び超電動を繰り出して向背のワイヤーを断ち切ればいいと。
いささか乱暴、だがだが、
久蔵には手っ取り早さから大層判りやすかったらしい、
次の段階の手筈であって。

 “………、5枚、6枚、と。”

コンクリートの基礎部から下がった吊り金具で、
数箇所を留めてあるだけの天井板は。
久蔵くらいに軽い身であれば踏み抜く恐れはないだろが、
平八が案じたように、踏むと軋んでの音を立てかねぬ。
そこから講じられた潜入方法であり。
夜中じゃないので真っ暗ではないけれど、
煌々と明るいとも言い難い中、
吊り下げられてる天井板を数えることで位置を測っての進んだ先。

 “此処だな。”

モノクルのよな片眼鏡の方が嵩張らないが、
慣れない身では落としかねぬからと。
度の入ってないらしい素通し眼鏡を渡された。
それを装着すると、片側のレンズへぼややんと浮かぶのは、虹色の染み。
人の体温がこの染みとなって透過されているとかで、
二つあるから二人いるということらしい。

 “確か…。”

事務室というより特別な作業室なのか、
この一角は開放型の空間の奥向きに位置しつつも、そこから仕切られている。
その前にあたる空間を通らないと扉へ到達出来ないので、
人質を監禁するのに打ってつけな、言ってみりゃ“個室”であり。
そこに収容されているのは、彼らが皇女だと思っている少女とそれから、

 “もう一人居るなぁ。”

確かまだ十歳になるかならぬか。
そんな幼いのに、必死で影武者になりすまし、
泣きも騒ぎもしないでいる健気な子供へ、
更なる苦痛の見張りがいるのか。

 “…叩きのめしても構うまい。”

うんうんと、自問自答しての結果へ大きく頷く紅ばらさんだが。
ちょっと待て、そこってそういう打ち合わせだったのか?
作戦はもう動き出しており、
先々でのアクシデントも、
ある程度は織り込み済みのこととは思うのだけれども。
どうしてだろうか、このお人の“判断”となると、
ちょっと乱暴なのが多いんじゃなかろうかという心配が。

 “〜〜〜〜っ

あ、あ、聞こえてましたか?
確かに、バレエで鍛えたその身も軽ければ、
得物を操る手際の冴えも素晴らしく。
体術でも護身術以上の体さばきをこなされるとあって。
人並み外れた腕のほどは、これまでの蓄積からちゃんと認めておりますが。
こたびのこれは、自分が無事なら重畳という、
脱出劇だったり殴り込みだったりじゃあないわけで。

  …って、聞いてますか、そこの人〜〜〜
  話の途中で、飛び降りないで〜〜〜っ!




     ◇◇◇



七郎次が待っていた反応が、スマホの画面にピピッと現れて。
ドキドキと緊張するかと思ったが、むしろ待ってましたと意識が弾んだ。
どんなに記憶があったとて、今の生ではまだまだ十代。
習い事やらその上での真剣勝負やらならこなしてる方かもだが、
それでも、意識もその身も絞り上げるほどの緊迫に身を置くというような、
言葉の綾ではなくの本気で、必死でかかるほどのことともなると、
大した体験を積んで来た訳でなし。
なので、どんなに意志が強かろと、正義感が強かろと、
荒ごとのただ中に立てば、総身が凍るほどおっかないと聞いてはいたが。

 “アタシらの“記憶”って、
  ところどころが妙にリアルですしね。”

喜んでちゃあいけないが、
足場もなければ上下も分からぬ天穹の高みで、
キリキリするよな焦燥感の中、命のやり取りをした修羅場の数々は、
一旦思い出してしまうと、そう簡単には拭い去れないものなのか。
形がそうなだけ、 実質は射出装置に過ぎないながら、
それでも銃なんて物騒なものを手にした瞬間、

  『…………あ。』

総身が泡立つような、そのまま座り込みたくなるような、
血が引くような想いとともに、恐怖や緊張がよみがえって来たのだけれど。

  それと同時、追いつ追われつするかのような勢いで

かつての戦さ場で、それらを圧し殺して立ち上げた、
鋼鉄のよに頑健な集中力もまた、
きっちり追い上げるよに沸き立っての自分を支えてくれたので。

 “…うん。大丈夫だ。”

だってアタシ、どうしても助けたい。
どれほどのこと恐ろしい想いでいるか知れない女の子がいるんだし。
いざとなったらその身を盾にするのを辞さないくらい、
重責あるお役目なの、そりゃあ誠実に全うしながらも。
叫びたいのをこらえつつ、でもでも声なき声を上げてた、
あのホノカという子の声が聞こえちゃったんだもの。

 “大丈夫、大丈夫っと。”

想いを巡らせてたのもほんの一瞬だし、それと並行させて手も動かしてる。
教わった通りにアイコンをタップして、もう数歩ほど社屋の壁から離れれば、

  ―― どががっ、ずがががが、と

突然、基礎部の壁へと食い込んでいた2本の銛が震え出し、
それがどう伝わっているものか、
吹き抜け構造で三階相当ほどの高さのある工場社屋が、
がたた・ぶるぶると大きく震え始めるではないか。

 “こんな小さくとも起振機能って起こせるんだなぁ。”

久蔵殿の超振動も大したものだけど、なんて。
ちょっと暢気なことを思いつつ。
この建物へだけ起きた“地震”を後にし、
元来た方へと一目散に駆け出す白百合さんだったのだった。






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  *そもそもこのシーンが浮かんだんで書き始めた
   このお話だったのでありました。
   どんだけドカバキ体質なんだか…。

   べ、別に、てらそまさんが博士の役をしている
   深夜枠の少女戦隊アニメを
   たまたま見たからってわけでもないんだからねっ。(笑)


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